目が見えない人とバス

先日、帰宅途中のバス停で、杖を持って目を閉じた男性がいました。

歩きながら自然に見ていると、1台のバスを見送りました。

もう1台のバスがくると、近寄って扉付近に触って、また乗りません。

 

困っているのではないかと近づいて

「乗られますか?」と話しかけたものの返事が聞こえません。

もう一度「乗られますか?」と大きな声で話しかけると、

「●●番」とすごく細い声が聞こえました。

 

違うバスの番号だとわかったので「▲▲番です」というと、

「ありがとう」とまた小さく聞こえました。

 

その間、バスは止まったままでした。

私が歩き出すと運転手さんが「発車します」とアナウンスし、

入り口前を過ぎるとき「ありがとうございました」と笑顔を向けてくれました。

 

ただ、私はどこか引っかかっていました。その話を人にすると、

「バスには点字の案内とかないのかな」と言われハッとしました。

 

そういえばバスの車体に触っていた。

ネットで調べたところ「扉付近にバスの行く先を点字で案内すること」

といった文言がありました。

 

その方は点字を読んで、あえて乗らなかったのでしょう。

 

しかも私は、後から気づいたのです。その方に話しかけたとき、

自分がワイヤレスイヤホンで音楽をかけたままだったことを。

その方の声が小さく聞こえたのはそのせいでした。

 

大声で急に話しかけられて、その方はびっくりされたかもしれません。

 

周りからも親切に見えていた行動が、実は大迷惑だったという訳です。

気づいてないだけで、こんなこと他にもあるのかもしれませんね。

申し訳なく、ちょっとショックだった出来事でした。

号泣した映画の数は

お題「邦画でも洋画でもアニメでも、泣けた!というレベルではなく、号泣した映画を教えてください。」

 

今までに号泣した映画は2本。

最初はSF映画の「AI」です。

シックスセンス」で印象的だった子役・ハーレイ・ジョエル・オスメントが、

子供のロボットを演じたんですが、一般家庭に引き取られて、

本当の子供のようにかわいがられたものの…という話。

 

後半、お母さん(引き取られた家庭の)恋しさに彷徨う子供のロボットと

それに寄り添う熊のぬいぐるみ(声が渋い)との関係もよくて、

そのころ、実家の猫が死んでしまったこともあり、何をどう重ね合わせたのか、

息ができないくらい映画館で号泣しました。

 

もう1本は、だいぶ後になってみた「レ・ミゼラブル」。

ヒュー・ジャックマンが出ている映画です。

 

主人公の女の子の母親が娘を育てるシングルマザーなのですが、

何一つ落ち度もないのに仕事を失い、お金がなくなって貧民窟に迷い込んだら、

あっという間に髪を切られ、歯を抜かれ(売れるから)、

娼婦に身を落とす場面が怖くて、圧巻でした。

 

帰りに夜道を号泣しながら歩いて帰っていると、

定食屋のおかみさんが「いいこともあるよ」なんて後ろから声をかけてくれました。

失恋でもしたかと思ったんでしょう。

 

号泣した映画って、その後みると必ず泣けるわけでもない。

見たときの自分の中にある何かが、強く反応したという体験かもしれません。

号泣した映画が多い人は、それだけドラマチックな人生なのかもしれないですね。

一番古い記憶はネガティブ?

お題「人生で一番古い記憶」

 

人生で一番古い記憶は、父親に関するものです。

ほんとに小さいころ、私は寝る前に「うんうん」言いながら、

枕に顔を打ち付けて寝るという謎の儀式をしていました。

 

ある日いつもどおりにやっていると、

他の部屋から急に、「うるさいっ!」と大声で父親に怒鳴られました。

暗い中でハッとして頭を止めた、という記憶。

 

ちなみに、母親に関する最初の記憶。

母が隣の家のおばさんと立ち話していて、

「昨日この子と一緒に寝ていて、ほっぺにチュッとしたら、

ガブッと嚙まれたんですよ~」と笑って言っている光景。

 

なぜこんなに、ネガティブな記憶なんだろうか。

物心につく、というくらいだから、

記憶に残るような思い出は、ショックを受けるような

ネガティブなものが多いのは当然なんだろうか?

他の人のエピソードを読んでみたいと思います。

のんびり開放的な一人旅「沖縄」

お題「初めて一人旅をします。一人旅でよかった場所、一人旅初心者におすすめの旅行先を教えてください。」

 

のんびり開放的な一人旅をしたいなら、沖縄・那覇市がおすすめです。

空港からモノレール1本ですぐ街中に出られて、交通の心配がありません。

地元の人も多いので一人でも目立たないのもうれしいところ。

 

ホテルにスーツケースを預けて、

国際通りで買い物したり、ぶらぶら歩いてお茶したり。

大きなお土産ショップで黒糖や紅芋タルトやちんすこうを買ってもいいし、

きれいなガラス小物やアクセサリーを買うのも楽しい。

 

陶器が好きなら「やちむん通り」を見て歩くのもお勧めです。

伝統的な置物から雑貨感覚のかわいい食器まで、小さなお店がたくさん並んでいます。

 

夜ごはんは、民謡酒場に行くのも楽しいですよ。

ねーねーずが生出演するお店もあるし、よく知らない歌い手さんでも、

生の歌を聴きながら、ゴーヤチャンプルなどを食べるのは新鮮です。

1人でも入りやすいお店を探していくといいと思います。

 

それに飽きたら美術館に行ったりもできるし、

お昼ごはんも、沖縄そばのお店でさっと済ませたりできますしね。

普通のスーパーで、沖縄の物産を安く買うのも楽しいし、

旅行から帰った後も、しばらく沖縄気分を楽しめます!

第一牧志公設市場沖縄そば


反対に、一人旅で気まずかったのは、冬に行った北海道の小樽でした。

歩いているのは観光客ばかりで、一人だとちょっと孤独でした…。

緊張に耐えるとき

お題「最近ドキドキしたこと」

先日、パソコンの資格試験を受たときのこと。

一年に2回しかない試験。当日の朝、会場に早めに着いて

他の受験生たちと控室で待つ間、尋常じゃなくドキドキしました。

 

テンションを上げるために、

事前に編集していた曲リストをイヤホンで聴いても、

メロディーが意識の上のほうをただ滑り落ちていく感覚。

 

緊張で手も冷たくなり、最初しばらく

試験会場のノートパソコンのキーをうまく打つことができませんでした。

そして普段はしないミスをして、ますます焦りました。

 

なんとかリカバーして終わったけど、その日は一日中、ぐったり。

スポーツ選手やいくつもの大学を受験する受験生は、

あれ以上の緊張に何度も耐えているわけで、ほんとにすごいですよね。

何者かになる。

私がとらわれていた「しなきゃ」

やっぱり、「何者かにならないといけない」という考えかな。

 

昔、母から「女性におすすめの職業」という本を渡されて、

「士」のつく職業につければ女性一人でも生きていける、と言われました。

その頃は全然ピンと来なくて、まともに読まなかった気がします。

 

40代の私は、結婚もしなかったし、仕事もできるほうじゃない。

長く務めていても、もう嫌だ、我慢の限界!と仕事をやめて、

次に就職するまで、不安いっぱいになることが何度もありました。

 

実は今もそうです。

でも、なんとか健康を取り戻し、幸運にも明日食べるものはあり、

再就職は難しいけど、頑張ればきっと仕事につけると信じている。

 

何者かにならなければ、という考えはもうありません。

 

体裁のよい型にはまろうとするのではなく、自分とは何者か。

本気で考えて、人生の舵を取り戻したい。そんな風に思っています。